July 07, 2009

梅ナカ・ルーツミュージック・ジャム #1

●内容:ジャムマニアの渡辺三郎をナビゲーターに、ジャンル/年齢/性別不問、ジャム初心者歓迎!のアコースティック・ジャム・セッション会です。 スタートの午後2時から1時間ほどは楽器/ジャム初心者対象にジャム作法!?やジャムのツボ・レッスン、その後3時ごろからは延々と楽器を弾きまくります。おもに3コードがベースのアメリカン・ルーツミュージックを題材にジャムの楽しさ、コツを体感しましょう! ……大丈夫、誰でも楽しめます!

●日時:7月19日(日)14:00~18:00
●参加費:無料
●場所:梅田ナカイ楽器 阪急グランドビル店 店内スタジオ
●参加方法:要予約
(参加申込多数の場合、早期に予約終了する事があります)
●楽器:皆さんのアコースティック楽器お持ち下さい。ギター、マンドリン、バンジョー、フィドル、リゾネーター・ギター、ベースなど、アコースティック楽器(なお、楽器の事故/盗難等につきましては、主催者側は一切責任を負いません。ご了承願います)。
 また、ジャムしたい曲などがありましたら、コード・チャートをご用意ください。

(問)梅田ナカイ楽器、阪急グランドビル店
http://www.umenaka.com/
TEL 06-6315-7517 Mail: acoinfo@umenaka.com
担当STAFF :茅野・江尻

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 15, 2009

梅ナカ・ルーツ・ミュージック・ワークショップ

第1回グラスルーツ・ミュージック・ワークショップ
●出演:有田純弘、チチ松村、渡辺三郎
●2009年6月6日、午後2時~、午後5時~(各25名、入場無料)
●大阪梅田・阪急グランドビル30F、梅田ナカイ楽器スタジオ
●民衆の間に受け継がれ、大衆音楽として世界に広まった音楽は本来、楽譜や音源などから学ぶよりも、人から人へと「伝承」することがもっとも重要であるという共通認識に立って、各界で活躍するベテラン・ミュージシャンがこれまでに得てきたノウハウを参加者と同じ目線で「伝えよう」とするグラスルーツ(草の根音楽)ワークショップ。
現在、世界の大衆音楽の基本となったアメリカの民衆音楽、弦楽器のルーツをさかのぼり、ブルース/ブルーグラス/ジャズ/カントリー/ポップ/ロックなどに至る音楽のルーツを紐解きながら、さまざまな弦楽器の練習方法、ジャムの楽しみ方など、弾く楽しさやコツを伝えます。実際のデモ演奏、ジャムを交えながらの具体的なヒントとノウハウ満載のワークショップです! (企画・構成:渡辺三郎)
●(問)梅田ナカイ楽器、阪急グランドビル店
http://www.umenaka.com/
TEL 06-6315-7517 Mail: acoinfo@umenaka.com

出演者:
Aritayoshihiroguitarbykoseiyoshidao
有田純弘 (ギター、バンジョー、マンドリン、ドブロなど多くの弦楽器を弾きこなし、ジャンルの壁を越えて活動しているマルチ・アコースティック・ミュージシャン。大阪府出身。1984年渡米 。翌年、全米ナショナル・ブルーグラス・バンジョー・チャンピオンシップで優勝。バークリー音楽院卒業後、ボストンを拠点に、ジャズ、ブルーグラス、民族音楽と、様々なジャンルで活躍。ベラ・フレック、デビッド・グリスマン、マーク・オコナー等、多数のアーティストと共演。帰国後、Dr.K(徳武弘文)、中西俊博、coba、槇原敬之、小野リサらのライブ・サポートのほか、ゆず、福山雅治などのレコーディングに参加、SMAPの「世界に一つだけの花」でのバンジョー演奏などは良く知られている。さまざまなギター専門誌でギター試奏やコメント、特集なども数多く手がけているアコースティック弦楽器の達人。現在、洗足学園音楽大学ジャズコース・ギター講師でもある)

Gontiti_xo_matsumura1
チチ松村 (ギターデュオ”ゴンチチ”のメンバーとして活躍、2008年8月6日には30周年記念アルバム『VSOD -very special ordinary days-」をリリースしたほか、すでに30枚以上のア ルバムを発表している。NHK-FM放送「世界の快適音楽セレクション」(毎週土曜日午前 9時00分~10時57分)で世界の音楽を紹介し続け、ソロCDには『ふなのような女』(1993)と『半音生活』(2007) がある。また文筆家としても、『わたしはクラゲになりたい』 、『ゴミを宝に』、『それゆけ茶人』、『緑の性格』、『盲目の音楽家を捜して』など、14冊に及ぶ著作を発表するかたわら、楽器ファンとしてミュージックソー(のこぎり )やバンジョーといった、何故か金属パーツの多い楽器に憧れを持っている…!?ようだ 。前述の「世界の快適音楽セレクション」の「亀松堂」のコーナーで、毎週必ず1曲、全国にバンジョー音楽を届けているグラスルーツな文化人)

Sabpromo071014bykohseiyoshida
渡辺三郎 (創刊25年を誇るブルーグラス専門月刊誌『ムーンシャイナー』編集長。1971年にブルーグラス45として全米ツアー、その後B.O.Mサービスでアコースティック系音楽の通信販売をはじめ、日本ブルーグラスの発展に務めるマルチプレーヤー。ビル・モンローのブルー・グラス・ボーイズへの参加ほか、さまざまな日米アーティストと共演、ブルーグラス45のリユニオンCD『Once Again Kobe』他、70年代には数々のスタジオ・セッションを経験している。近年はピーター・バラカン氏らとジャンルにとらわれずに、「音楽を伝承」することを模索中。梅田ナカイ楽器ブルーグラス教室(バンジョー/マンドリン/ギター)とアメリカン・フィドル教室の講師でもある)


| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 12, 2009

Tony Trischka 来日情報 on NHK-FM

トニー・トリシュカ・ツアーのサポーターであるピーター・バラカン氏のNHK-FM番組『ウィークエンド・サンシャイン』(土曜朝、7時15分から9時)で今週14日、トニー・トリシュカが紹介されます。
「土曜日の放送で(トリシュカのアルバム)『Early Years』から2曲、『Hill Country』から1曲、『Territory』から一曲かかります。全公演の告知もしました。また来週も何か一曲かけるつもりです」と、ピーター。お聴き逃しなく……!!
また同日同局、『ウィークエンド・サンシャイン』の次の番組、ゴンチチの『世界の快適音楽セレクション』(土曜日朝、9時から10時57分)でも、「音源はかかりませんが、(3月27日の)日米和親バンジョー祭りの告知をして、トリシュカ出演の話は流れます」と、チチ松村さん。
感謝感謝!!
今週末はトリシュカがNHKジャックだぁー!!??

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 01, 2009

トニー・トリシュカ来日、最終詳報!!

【トニー・トリシュカ with 有田純弘 Japan Tour 2009】
 ニューヨーク・タイムズ紙が、「ニュー・アコースティックと呼ばれる音楽のゴッドファーザー」と称えるトニー・トリシュカ。1971年の実験的なバンジョー音楽の発表以来、つねに自己変革を繰り返してアコースティック音楽の最先端をリードし、現在ではバンジョーのもっとも原初的な奏法とされるミンストレル・スタイルからパーラー・ミュージック、そしてオールドタイムからブルーグラスなど、あらゆる歴史的奏法の紹介にも尽力するバンジョー奏者である。
 今回はバンジョーという楽器の歴史的な意義と未来への展望を、日本アコースティック音楽界のトップミュージシャンである有田純弘のサポートを得て、じっくりと聴かせてくれるコンサート・ツアーである。アメリカ音楽のルーツから現在まで、そして民衆/大衆音楽の未来を啓示する、ジャンル/楽器を越えたアーティスティックな世界をお楽しみください。

3月25日(水)大阪、梅田ナカイ楽器グランドビル店
17:00~、19:00~、各先着25名限定、2000円。新生「梅ナカ」、今後のブルーグラスとのコラボにご期待ください。(問)梅田ナカイ楽器06-6315-7517、acoinfo@umenaka.comhttp://www.umenaka.com/
3月26日(木)名古屋、HOSCOウェアハウス内
18:30~、2000円(参加人数限定)。当日はコンサート前、15:00~18:30 にHOSCO教室を開放して、レコーディング・キング新製品、ゴールドスターやケンタッキーのマスターモデル、新作ブルーグラス向きフィドルなど、ホスコの取り扱うさまざまなブルーグラス関連楽器試奏/ジャム・スペースになります。日本ブルーグラスのナンバーワン・サポーター、ホスコ充実のラインアップをお楽しみください(ライブ参加者のみ入場可)。 メインイベントは18:30~19:30 バンジョー&ブルーグラスワークショップ、トニーや有田さんから、バンジョーの話、ブルーグラスの話、テクニックのワンポイントアドバイスなどと、19:30~20:30 トニー・トリシュカwith有田純弘 アコースティック・ライブ。(問)ホスコ052-796-1588、info@hosco.co.jphttp://www.hosco.co.jp/
3月27日(金)横浜、横浜開港記念会館『日米和親バンジョー祭り』
14:00から21:00まで、さまざまなイベントが同時進行します(メインコンサートは19:00~)。トニーと有田ほかの出演は、青木研、原さとし、東京藝大有志、ピーター・バラカン、チチ松村、石川修次、渡辺三郎ほか。前4500円、当日5000円、学割3000円(14:00~15:30のトリシュカ特別ワークショップ=要予約=の参加のみ別途6000円)(問)横濱バンジョー祭り実行委員会: banjomatsuri@gmail.com、090-9143-6991。 詳細は公式ホームページ:http://www.officek.jp/idaten/ybf/
3月28日(土)仙台、カフェ・モーツアルト・アトリエ(022-266-5333)
19時半、前3500円、当4000円。(問)木村:trischka_sendai@yahoo.co.jp、090-2020-3175、http://kimgaroo.jugem.jp/?eid=111
3月29日(日)浜松、浜松市楽器博物館
14時~14時半、博物館入場料大人400円、中学生以下200円。(問)浜松市楽器博物館053-451-1128、http://www.gakkihaku.jp/
3月29日(日)浜松、雪月花
19時、前3500円当4000円。(問)雪月花 053-587-8256、http://www.otogi-z.com/top.html、または、キングサイズてらだっちhttp://www7b.biglobe.ne.jp/kingsize/
3月30日(月)東京、銀座・ロッキートップ
19時半。前4000円。(問)ロッキートップ03-3571-1955。、http://www.liverocky.com/
●総合案内:http://fiddleandbanjo.way-nifty.com/
総合(問)サリーアン 0797-85-8384、fiddleandbanjo@nifty.com
(各地とも会場は狭く、先着限定となっていますので、早めにご予約されることをお勧めします。なおこのコンサートは、原さとし氏のかねてからの念願を、梅ナカ、ホスコの2社、サポートの有田氏を含めて世話人一同、ボランティアでバンジョーの普及と発展のために協力しています。皆さんの情報発信のサポートをいただき、ご友人やお仲間などにもお知らせいただければ幸いです。世話人代表:渡辺三郎)

★今春はトリシュカのほか、バンジョー達人たち、ティプトン・ヒル・ボーイズのジョージ・バックナー(知る人ぞ知るスクラッグス/オズボーン・スタイルの超達人)、そしてブルーグラス・エクスチェンジのサミー・シーラー(90年代以降のブルー・リッジ系バンジョー・スタイルのリーダー)が相次いで来日します。月刊ブルーグラス・ジャーナル「ムーンシャイナー」誌最新4月号でのトリシュカ特集のほか、バンジョー・フリークはジョージやサミーの情報収集もお忘れなく……。
●現在大きく動く日米のブルーグラス界、最新の話題や情報は、
月刊ブルーグラス・ジャーナル「ムーンシャイナー」:http://www.bomserv.com/MoonShiner/
トニー・トリシュカhttp://www.tonytrischka.com/
有田純弘http://www.hiroarita.com/
●写真提供:マリア・カミロ、http://www.mcbooking.com/、2009年1月11日、オレゴン州ポートランドにて。
Tonytrischkarivercitybgfest090111_2

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 15, 2009

トニー・トリシュカ来日に寄せて…、ピーター・バラカンさんとチチ松村さんから

バンジョーという楽器は元々響きが好きなもので、ブルーグラスなどで使われるいかにもバンジョーらしいサウンドは素晴らしいですが、最近その枠からバンジョーを解放して、どんなジャンルでもクリエイティヴな音楽を奏でることができる楽器であることを知らせてくれるミュージシャンがいます。すぐに思い浮かぶのはベラ・フレックです。
しかし、彼よりも大分前に、70年代からバンジョーでびっくりするような音楽を作っていたトウニ・トリシュカがいたのです。ぼくが彼の音楽を初めて耳にしたのが恥ずかしながらつい最近ですが、すぐにファンになりました。今度のライヴは絶対に聴きたいものです。3月27日には司会を務めることになったので絶対に聴けます!
ピーター・バラカン

2005年3月より、NHK-FM『世界の快適音楽セレクション』(毎週土曜日朝9時から11時前まで放送)という番組の、「亀松堂」というコーナーで、バンジョー祭りと銘打って、毎週バンジョーが入っている曲をかけ続けています。もう180曲は超えているかと思われます。それらは、いろんな国やジャンルも様々で、我ながら呆れるほどです。バンジョーの魅力は、どんな音楽の中で使われても、その際立つ存在感です。それはとても明るい響きなのですが、同時にえもいわれぬ哀愁を含んでいるのです。僕はきっとそこにやられたのだと思います。
さてそんなバンジョーの魅力を知り尽くし、あらゆる角度から演奏できるトニー・トリシュカ!約20年ぶりの来日を見逃してはなりません。きっと、バンジョーのいろんな魅力を目の当たりにして、狂喜乱舞することでしょう。
チチ松村

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 03, 2009

トニー・トリシュカ with 有田純弘 Japan Tour 2009

Tonytrischka_1_rgb2007bygregoryheis
 ペリーの黒船とともに日本に初めて渡来したアメリカ音楽、1854年の日米和親条約締結祝賀宴で演じられたそのコンサートの主役だった楽器、バンジョー。その後、150年余を経て現代バンジョー界の革命児、トニー・トリシュカが来日する。
 昨年のグラミー賞最優秀ブルーグラス・アルバムにノミネートされた2007年作『Double Banjo Bluegrass Spectacular』は、IBMA(国際ブルーグラス音楽協会)最優秀インスト・アルバムを受賞、2008年の最新アルバム『Territory』は今年の全米インディペンデント・ミュージック・アワードのアメリカーナ部門で最優秀アルバムを受賞したトリシュカ。
 ブルーグラスはもちろん、バンジョーの起源である西アフリカの音楽からアメリカにおけるさまざまな発展、そしてアバンギャルドなバンジョー・ワールドまで、過去・現在・未来のバンジョーのさまざまな表情を楽しませてくれる。その全貌を、日本のバンジョー界の第一人者、有田純弘のサポートと通訳で……!! (渡辺三郎)

【トニー・トリシュカ with 有田純弘 Japan Tour 2009】
●3月25日(水)大阪、梅田ナカイ楽器アメリカーナ/ルーツワークショップ 06-6315-7517、info@umenaka.com
●3月26日(木)名古屋、会場未定、(問)ホスコ 052-796-1588、shunichi@hosco.co.jp
●3月27日(金)横浜、横浜開港記念会館。【日米和親バンジョー祭り】 14:00から「トニー・トリシュカ・ワークショップ」をはじめ、さまざまな会場でレクチャーやジャムなど「オープンルーム企画。17:30から「プレ・ミニコンサート」として日本を代表する5弦バンジョー奏者の有田純弘と原さとし、4弦パンジョー奏者の青木研によろコンサート。19:30からトニー・トリシュカ・コンサート。(問)横濱バンジョー祭り 実行委員会: banjomatsuri@gmail.com、090-9143-6991。 公式ホームページ http://www.officek.jp/idaten/ybf/
●3月28日(土)仙台、カフェ・モーツアルト・アトリエ。19時半、前\3500-当\4000-(問)木村trischka_sendai@yahoo.co.jp、090-2020-3175
●3月29日(日)浜松、浜松市楽器博物館053-451-1128。14時~14時半、博物館入場料大人\400-中学生以下\200-
●3月29日(日)浜松、雪月花053-587-8256。19時、前\3500-当\4000-(70名限定)。(問)キングサイズてらだっち http://www7b.biglobe.ne.jp/kingsize/
◆総合問サリーアン0797-85-8384 fiddleandbanjo@nifty.com

◆トニー・トリシュカ www.tonytrischka.com/
◆有田純弘 www.hiroarita.com/
◆月刊ムーンシャイナー www.bomserv.com/MoonShiner/index.html

Tonytrischkarivercitybgfest090111_2

【トニー・トリシュカ・バイオ】
(月刊ムーンシャイナー誌より)
 1971年、カントリー・クッキングの一員としてレコード・デビュー以来、トニー・トリシュカのアバンギャルドな感性は、バンジョー奏者のみならず、ブルーグラス音楽/アメリカーナ・ルーツ音楽界全体に大きな影響を与えつづけている。

 1949年1月16日、ニューヨーク州シラキュースに生まれ、1963年にキングストン・トリオの"Charlie and the MTA"を聴いてバンジョーに興味を持った。前述のカントリー・クッキング以来、実験的なアルバム『Bluegrass Light』、『Heartland』を立て続けに発表、76年の名盤『Banjoland』で現在の地位を確立した。翌年にはトニー受賞のブロードウェイ劇『The Robber Bridegroom(泥棒花婿)』の音楽監督を務めたのち、78年にはピーター・ローワンやリチャード・グリーンとともにレッド・ホット・ピッカーズで来日、80年からはトニー・トリシュカ&スカイラインで2度来日している。
 1989年にはアカデミー受賞映画『ドライビング Miss ミス・デイジー』の音楽を担当、その間にもビル・キースとベラ・フレックとのトリオで『Fiddle Tunes for Banjo』('81)、ソロ『Robot Plane Flies over Arkansas』('83)、『Robot Plane Flies over Arkansas 』('85)を発表している。
 スカイライン解散後の90年代には、ベラ・フレックとふたりで『Solo Banjo Works』('92)、トム・アダムズとトニー・ファータドとのトリオ『Rounder Banjo Extravaganza "Live"』('92)、バンジョーのあたらしい視点を具体化した名盤『World Turning』('93)、イタリアのフラットピッカー、ベッピ・ガンベッタとの『Alone & Together』('94)、クリスマス集『Glory Shone Around: A Christmas Collection』('95)、ハーリー・アレンらとのトラッドグラス・バンドのビッグ・ドッグスでの『Live at Birchmere』('95)と同時進行するダロル・アンガー/マイク・マーシャル/デビッド・グリア/トッド・フィリップスとのスーパーインスト・ユニット、サイコグラスでの『Like Minds』('96)や『Now Hear This』('05)、そしてジャズ・コンボ、トニー・トリシュカ・バンドとして『Bend』('99)、『New Deal』('03)を発表、トラディショナル・ブルーグラスからジャズまで、バンジョーの創造性に革命的な足跡を残している。
 そして2007年のアルバム『Double Banjo Bluegrass Spectacular』には、スリーフィンガー・バンジョーの創始者アール・スクラッグスからバンジョーをジャズ/ポップ/クラシックにまで昇華したベラ・フレック、映画俳優スティーブ・マーティンらを迎え、米国メディアに数多く露出しブルーグラスとバンジョーの地位向上に貢献、2008年のIBMAアワードでは最優秀バンジョー奏者や最優秀インスト・アルバムほか三賞を獲得、また同年のグラミー賞ブルーグラス部門で最終ノミネートされている。また、2008年のスミソニアン・フォークウェイズからの最新作『Territory』では、ピート・シーガーやビル・キースほか、近代バンジョーの革命児や、マイク・シーガーやブルース・モルスキー、ビル・エバンスといった歴史的なバンジョー奏法の伝承/研究者らとともに、バンジョーの地勢的創造に取り組み、2009年の全米インディペンデント音楽協会の最優秀アメリカーナ作品に選ばれている。

 アメリカ唯一の民族楽器といわれるバンジョーを、ブルーグラスやオールドタイムという枠だけにとどめず、広い世界に飛び出したトップランナーであるとニー・トリシュカ。トリシュカがベラ・フレックの導師であっただけでなく、過去を振り返りながら前に進むブルーグラス/アコースティック・ミュージシャンすべてのメンターでありつづけていることは、これらの作品を聴けばすぐにわかるだろう…。

Tonytrischka071001keynote21small
【トニー・トリシュカ 2008年IBMA基調講演】(月刊ムーンシャイナー誌2008年1月号より)
みなさんがいうところの、「ブルーグラス法」の厳密な解釈に沿う人物では決してなかったわたしに、ブルーグラスについて話す機会を与えてくださったIBMAに感謝します。…そう、わたしはときにブルーグラスのメインストリームから離れたところで過ごしてきましたが、わたしが演奏してきたすべての奥底には、常にブルーグラスがありました。
 今回、IBMAがわたしに基調講演を望んだのにはいくつかの理由があると思います。その主たるものは今年1月、ラウンダ―・レコードからおおむねブルーグラスといえる、ダブル・バンジョー・アルバムをリリースして、遂に"Molly & Tenbrooks"をレパートリーにするバンドを自分のものとしたことによると思われます(笑い)。ですから今夜、そして今年、わたしは故郷へ帰ってきたのです。
 今夜、皆さんにブルーグラス入門についてのお話をしようと思いますが、わたしがこれから述べるのは主に、ブルーグラス全般について、とりわけバンジョーについてこれまでを振り返り、同時にこれからを見通すという考えに沿ったものになります。

 わたしは、引っ込み思案なティーンエイジャーの頃にブルーグラスを知るという恩恵に浴しました。ブルーグラスは、わたしに情熱を与え、「おぅ!神に感謝すべき」アール・スクラッグスのもとへと連れていってくれました。バンジョーがわたしに自分の殻を破って、ステージに立たせてくれたのです。
 14歳でわたしは故郷、ニューヨーク州シラキュースのフォーク・フェスティバルでバンジョー・コンテストに出場しました。優勝してしまったんです!幸運にもピーター・ローワン(当時21才)がバックを務めてくれて、きっとそのおかげだったと思うのですが(笑い)。たしかに、わたしは最初からミュージシャンとして、然るべき時に、然るべき場所にいるという幸運に恵まれていたのです。

■然るべきブルーグラスの場と、
         然るべきブルーグラスの時…

 1965年、16歳のわたしはシング・アウト誌に載ったバージニア州フィンキャッスルでの史上初めてのブルーグラス・フェスの広告を見て、友人とオンボロのステーション・ワゴンで南を目指し、明け方の3時にこの神聖な地に到着しました。
 その朝わたしが最初に目にしたのは、ビル・モンローがトレードマークのスーツとタイ、カウボーイ・ハットに身を包んで丘を下ってくるという、拭い去ることのできない姿でした。彼がスナック・バーに歩み寄って言うのを耳にした最初の言葉、「コカ・コーラをもらおう」、を忘れることはないでしょう。皆さんがご存じのとおり、ビルの言葉には常になにかしら永遠に刻み込まれるものがあるのです。
 わたしにとってこのフェスは、ここにおられる何人かの方々と同様、枢要なひとときでした。このフェスのプロモーターだったカールトン・ヘイニーは、土曜の午後に「ブルーグラス・ストーリー」というアイディアを企画しました。ビル・モンローがこれまでの多くのサイドメンたちと共演するという、素晴らしいコンセプトのものでした。かくして、ジミー・マーティンが歩み出て50年代初頭の劇的なハイ・ロンサム・ミュージックを再現し、ドン・レノとマック・ワイズマン、ベニー・マーティンが1949年の"Can't You Hear My Calling"を、そして、クライド・ムーディが"Six White Horses"を1940年に唄ったのと同じ見事さで唄ったのです。
 17歳のとき、ドン・レノとビル・ハレルがシラキュースのキャプテン・マックズ・クラム・シャックのステージで、一緒に演奏させてくれました。
 それから、1966年の秋、ブルー・グラス・ボーイズが近くの町、ニューヨーク州ロチェスターで演奏することを知りました。ショウの前日、われわれはビル(モンロー)をギター・プレイヤーの家でのディナーに招待したところ、ビルはそれを受けてくれました。ビルと息子のジェイムズ、リチャード・グリーン、ピーター・ローワン、ラマー・グリアが、ステージ衣装そのままにいたんです。ほどなくしてビルはわたしたちのバンドと一緒に何曲か演奏することに同意してくれました。
 ディナーでは、ビルは赤ワインを飲みながら古きよき時代の話、彼の飼っていた猟犬がどうやってシカゴの通りで3週間も前のウサギの匂いを追いかけることができたのか、といった話で楽しませてくれました。ディナーのあと、ビルとブルー・グラス・ボーイズはわたしたちのリクエストに応えて20分も演奏してくれたんです!ビルの神秘的な曲でわたしのお気に入りのひとつ、"Crossing the Cumberlands"をラマーが演奏してくれたのをいまでも憶えています。最後の仕上げに、あのブルーグラス・バスでショウに行こうと招待されました。わたしたちは辞退しました…、もちろん冗談ですよ!(笑い)
 60年代の終わり頃、髪の毛を短く切らないわたしは、ジミー・マーティンを聴きにシラキュース郊外のカントリー・バーへ行きました。店に入ると、地元の人たちからきつくにらまれたんですが、裏手に「ウィドウメイカー・バス」が停まっていて、ジミーはわたしと会うのを喜んでくれているようでした。実際のところ、彼はプリ・ウォーの、そう、プリ・ウォー!、ミッキー・マウス時計を腕からはずして、わたしに売りつけようとしたんです。わたしは断ったんですが、それ以来ずっとそのことを後悔しているんです(爆笑)。
 然るべきブルーグラスの場に、然るべきブルーグラスの時にいたことが、わたしを後押しし、インスピレーションを与えてくれたのです。同時に1962年、グリニッチ・ビレッジの祖母のアパートでボブ・ディランの最初のレコードを聴いたことも、あるいは、17歳のときにビートルズの"Strawberry Fields Forever"を初めて聴いたことも、わたしにインスピレーションを与えてくれました。どんな理由にせよそのときには、彼らがポピュラー・ミュージックの枠を広げようとしていることを受け入れる心の準備があったのです。ディラン、ビートルズ、アーロン・コープランド、ジョン・コルトレーンなどなど。彼らはみな、然るべきときにわたしの音楽に浸透してきたのです。そして、広い意味でわたしはひとりではなかったのです。
 ブルーグラスの特質は常に、過去の関連のある音楽形態からいかに心地よく引用されているかにある、ということは事実ではあるけれど、ブルーグラスはそれ自体、およそ関連性のないフォーマットとブレンドされることでフレッシュなサウンドを創り出している、ということも同様の事実です。こうしたアプローチの両方が、ブルーグラスを活気があり拡大しつづける音楽にしてきたのです。そして、こうしたことを考えると、これこそがここにいるわたしたちがやっていること…、前に進むために過去を広く振り返るということに気がつくのです。

■ビルがなんと、トロンボーンと
     マンドリンのための曲を作りたいと…

 ビル・モンローが彼の音楽を始めたとき、彼はスコッツ・アイリッシュのフィドル・トラディションを何百年もさかのぼりました。彼が主に影響を受けたのはもちろん、叔父(アンクル)のペン・バンディバーからでした。彼はそれを、ケンタッキー州ロジーンで暮らしていたアフリカ系アメリカ人のギタリスト、アーノルド・シュルツの演奏から学んだブルーズ・トラディションとつなげていったのです。彼はまた、ジミー・ロジャーズなどのアーリー・カントリー・ミュージックの影響や、19世紀のハート・ソング(ロマンティックなバラッド)、兄のチャーリーと一緒に発展させてきた音楽(モンロー・ブラザーズ)などを融合して、新しい音楽のフォームを創造したのです。
 過去からの強固な基盤のうえに築き上げる一方で、同時代のサウンドにも影響を受け、アーティスティックな意味でも商業的な意味でも、彼の音楽により強いエネルギーを吹き込んでくれるものをほかのソースに求めることを恐れなかったのです。レスター・フラット、アール・スクラッグス、チャビー・ワイズ、ハワード・ワッツからなるモンローのバンド(所謂オリジナル・ブルーグラス・バンド)が、それ以降のすべてのブルーグラス・ミュージックの最初の鋳型となってきたけれど、ほかのエレメントが絶えることなく探求されてきているのです。
 例えば、アール・スクラッグスが初めてモンローとレコーディング・スタジオに入ったのは1946年9月16日、一番最初に演奏したのは"Heavy Traffic Ahead"でした。彼の最初のソロは、ブルージーな、そしてかなり難しい、のちに"Foggy Mountain Special"とタイトルをつける曲でした。そのインスピレーション…?、それは"Step It Up and Go"というブギ・ウギ・ナンバーです。
 またこれも興味深いでしょう。"Blue Moon of Kentucky"をビルは最初、1946年9月に哀愁を帯びたワルツでレコーディングしました。その後、1954年7月にエルビス・プレスリーがロカビリー・バージョンをリリースしたのに応えて2ヶ月後、ビルはワルツで始まってミディアムの4分の2拍子にテンポ・アップするという、われわれが現在よく知るバージョンで録音しなおしたのです。また50年代、彼はエレクトリック・ギター、ホンキー・トンク・ピアノ、オルガンを使った曲をレコーディングしています。ビルはなんと、トロンボーンとマンドリンのための曲を作りたいという欲求から、"Trombolin"という曲を作ったりもしました。(中略)
 近年、ブルーグラスには多くの音楽的な広がりがありますが、この伝統は遠い昔に始まったものです。ソニーとボビー(オズボーン・ブラザーズ)が"Up This Hill and Down"を、ドン・レノが"The World is Waiting for the Sunrise"を、カントリー・ジェントルメンが"Theme from Exodus"(映画『脱出』テーマ)を、フラット&スクラッグスがあまりにうまくいきそうではないボブ・ディランの"Rainy Day Women #12 and 35"を、初期ニュー・グラス・リバイバルは"Great Balls of Fire"を、ジョン・ハートフォードは『Morning Bugle』で4分の5拍子を、そしてドイル・ローソンはソウル・スターラーズの"Jesus I'll Never Forget"を取り上げています。これらはみな、過去を振り返り、横道に逸れながら、たゆみなく前進しようとしてきたことを物語っています。

■バンジョーの歴史の中で
        わたしが見失っていた鎖の環…

 1990年、テネシー・バンジョー・インスティテュートへの参加は、わたしに天啓をもたらしてくれました。そこで20世紀への変わり目のパーラー・バンジョー・スタイルを知り、南北戦争の時代のミンストレル・バンジョーの存在を知りました。が、それがどのようなサウンドなのかを知る人物については、そのとき手がかりが得られませんでした。
 ですが今日、フレットレスのガット弦で、ロー・チューン、皮のヘッドのオープン・バック・バンジョーを弾く人が3、4人いて、1855年からのバンジョー教則本からホンモノを演奏するまでになったのです。タイムマシンに乗って時間移動した気分です。心のうちで、わたしは西アフリカ海岸のゴード(瓜)のバンザ、原始のバンジョーを聴くことができたのです。それは物凄く感動的な体験で、バンジョー歴史物語の中でわたしが見失っていた鎖の環を完成させるものでした。
 もうひとつのバンジョーの過去の断片も、わたしの好奇心をそそるものでした。19世紀から20世紀の変わり目に女性たちにとりあげられたパーラー・スタイルは高度に進化した奏法で、あなたの感性を研ぎ澄ませてくれます。優雅な女性たちは楽器を演奏すること――通常はピアノやウクレレ――を学びました。が、煙草を吸い、自転車に乗り、タトゥーを誇示する、そんな活動的な(上流)女性たちはバンジョーのほうを選んだのです(笑い)。
 多くのアフリカ系アメリカ人はこの楽器と、苦痛に満ちた過去を思い出させるものを避けてきたのですが、ガス・キャノンなど何人かはそれを受け入れ、その魅力に惹かれていきました。ハーモニカ・ラックをみせびらかし、ジャグを抱えた彼はテネシー州メンフィスでキャノンズ・ジャグ・ストンパーズを結成し、20年代後半、矢継ぎ早にレコーディングを行いました。彼のレパートリーには、スライド・バンジョーのレコーディングの最初の例が含まれています。彼は"Madison Street Rag"も演奏しており、そこに含まれるリックは、30年後に録音されたアール・スクラッグスの"Ground Speed"のBパートに聴かれるシンコペーションと右手のアプローチと全く同じものなんです。
 すべてのものが連続性を持っています。(中略)
 もう一度いいますが、前に進むために過去を振り返ってみるのです。
 こうしたコネクションやそのほか多くのことが、音楽への情熱にインスピレーションを与え、より深いものへとしていくのです。もちろん、同様の探求がドブロにもあてはまって、チェコスロバキアの昔にまでさかのぼれるし、マンドリンのルーツをイタリアに、ということもです。あるいは、ブルーズの辿った道をビル・モンローからスキップ・ジェイムズやロバート・ジョンソンまでたどることもそうです。そして、こうした歴史的なマーカーとしての音楽が皆さんの音楽の糧として、ブルーグラスにもアダプトされるんです。

■学位取得に、ふさわしい音楽/楽器…
 しかし、ブルーグラスはどこへ向かっているのでしょう? われわれの音楽を啓蒙し、プロモートし、拡大していくことは、われわれの責務であり、もちろん、その将来のために不可欠のものです。ブルーグラス・ミュージック・キャンプの成功と増加は明白な兆候であり、そこではあらゆるレベルのプレイヤーたちがはかり知ることのできない経験を積んでいます。積極的に参加してほしいものです。
 学問ということでは、大学レベルのブルーグラス・プログラムがゆっくりではあるけれで、明らかに広がりをもってきています。長きにわたって続いているテキサス州レヴランドのサウス・プレインズ・カレッジと東テネシー州立大学に加えて、ボストンのバークリー音楽院が遂に標準的なジャズ楽器以外の楽器での学位取得に道を開いたのです(拍手)。
 何年も前、バークリーでバンジョーでの学位取得を目指したけれど、もっと「ふさわしい楽器」を学ばなければならないと言われたふたりのプレイヤーがいたことを、わたしは知っています。幸いにもいま、変化の風が渦巻いています。事実、インファマス・ストリングダスターズのクリス・パンドルフィが、バークリーを卒業した最初のバンジョー・プレイヤーという栄誉に浴したのです(拍手)。
 また、つい先週のことですが、ケンタッキー州ハイデンのハザード・コミュニティ&テクニカル・カレッジでの新しいブルーグラス・プログラムについて、ディーン・オズボーンと話をしました。そのなかでもっともエキサイティングだったのは、講師のひとりとしてボビー・オズボーンが加わっているということです(大拍手)。またディーンは、人々がこのプログラムに参加しようとする理由が実にさまざまである、とも話していました。ある若者は詩の批評会に関わっていて、ブルーグラスをその韻文の情景に使い、ある女性は山岳地方のエスニックな文化を理解する入り口としてブルーグラスを活用しようとしているのです。ソングライティングの上達やレコーディングの経験を求める人たちもいます。
 毎年、絶えることなく新しい教則の本やDVD、CDが登場しています。1963年にわたしが弾き始めたときには、たった1冊、ピート・シーガーのバンジョー教則本だけしか知りませんでした。いまや、トップ・プレイヤーたちがそのテクニックをクロース・アップで個人的に教えてくれる教材が、雪崩のごとく存在しています。

■バンジョー音楽が日常的に
     エレベーターのなかで聴かれる時代…

 一般のマーケット全体ではCDセールスが苦戦していますが、ブルーグラスのコミュニティでは、久しく廃盤となっていた貴重な音源を収めたボックス・セットや珍しいライヴ・レコーディングなどが、魅惑してやまない学術的なディスコグラフィの恩恵とともに止まることなく発表されています。70年代に、わたしはアメリカでは手に入れることのできなかったレッド・アレンとオズボーン・ブラザーズの復刻盤を求めて、東京のレコード店を探し回ったことを憶えています。今それらは、簡単に手に入れることができるんです。実際、われわれブルーグラスのファンは、アルバムのすべてを聴き、ライナー・ノーツをありがたく思うんです。
 ハンナ・モンタナ(ディズニーTVドラマのアイドル歌手)の最新作を追いかけているような人たちはたぶん、誰がドラムのプログラミングをやっているのかなんて気にもしないと思いますが、わたしは、ベニー・ウィリアムズが"Salt Creek"のクールなギター・ランを弾いているんだということを知りたいのです。LPレコードに収められた音楽と書き記された内容のポテンシャルの復刻は、再生音の忠実度とともに考慮に値するものなのです。(中略)
 もちろん、インターネットは限りなく有益なツールです。(中略)しかし、誰もがコンピューターのスクリーンにへばりついて、ますます読むということをしなくなった現在も、ブルーグラス・アンリミテッドやブルーグラス・ナウ、バンジョー・ニューズレターといった雑誌は、それぞれ自分たちの座を以前にも増して保っています。(中略)
 あまり意味のないことですが、注目すべきことにタイム誌の9月10日号には記者が、大統領選挙に名乗りをあげているジョン・エドワーズがほかの民主党の対抗馬たちより優位に立っているのは、「彼のスウィートな声が、その厳しい話の内容を易しいものにしている。大声をはりあげることなく、ブルーグラス・バンジョーのように張り詰めた、しっかりとコントロールされたロールで話している」からであるとリポートしているのです。そんなことは投票する理由にはならないでしょうが(笑い)。
 バンジョー音楽が日常的にエレベーターのなかで聴かれる、そんな時代がくるのはずっと先のことになるのでは、とも心配していますが、でも、望みはあります。スティーブ・マーティンとわたしが出演したエレン・デジェネア・ショウ(米人気TVトークショウ)で、観客たちは音楽に合わせて手拍子しないように要請されたのですが、観客がプロデューサーの要求を無視してすぐにわたしたちとひとつになったのです。"Dueling Banjos"(映画『脱出』テーマ)や『じゃじゃ馬億万長者』ぐらいしかこの音楽のことを知らないテレビの観客たちが、誰に促されることもなく自然発生的に熱狂し、ツイン・バンジョーにわれを忘れてしまうということが、ブルーグラスの伝染性の特質を物語っているのです。
 今日、ブルーグラスの天幕は、殆どが厳密な意味でのブルーグラスではない音楽で、どんどん大きくなっていっているんです。多様性ばんざい!です。アンクル・アールのようなエンターテイニングな才能あるグループが、ロンダ・ビンセントやデル・マッカーリーと同じ場所で、オールドタイムの色合いをもった音楽を演奏しているんです。また若いアフリカ系アメリカ人のシンガー/インストゥルメンタリスト/エンターテイナーたちのトリオ、チョコレート・ドロップスが、黒人のストリングバンド・トラディションから登場してきました。
 わたしの息子が起こりそうな黙示ではないかと考えている中、尊敬すべきロック界の神であるレッド・ツェッペリンのベーシストのジョン・ポール・ジョーンズ、最近ブルーグラス・フェスやマンドリン・キャンプに参加し、遠い昔にはバンドのギタリストであるジミー・ペイジにバンジョーを渡してしまった、そんな彼がいまではそれを返して欲しがっているのです。ツェッペリンとブルーグラス界のさらなる合流ということでは、ツェッペリンのボーカリストであるロバート・プラントとアリソン・クラウスがデュエット作をリリースすることになっています。それと昨年の作品、スコット・ベスタルやロブ・アイクスらがバックを務め、数曲でヴァン・ヘイレンのデビッド・リー・ロスをフィーチュアした『Strummin' with the Devil, the Bluegrass Tribute to Van Halen』も忘れてはなりません。
 こうした、不釣合いとも思える並びが与える衝撃だけが、ブルーグラスをより広範囲の聴衆のもとに届けることができるのです。

■ローカル・ルールに則るバンジョーの
           限界を超える若者たち…

 バンジョー・プレイヤーとしてのわたしの最大の喜びのひとつは、多くの偉大なミュージシャンたちの仲間に入ることであり、彼らの多くはよき友人となっています。ダブル・バンジョー・ブルーグラス・スペクタキュラー・バンドで、わたしはブリタニー・ハースをフィドルに採用しました。ブリタニーはオールドタイムやブルーグラス、さらにはそれ以上の分野に熟達しており、稀有なボウイングのテクニックの持ち主です。彼女はプリンストン大学で生物学を専攻しており、学問とフィドルのどちらかを選ぼうとしているところです。彼女は現在20歳で、彼女の都合がつかないときには18歳になったばかりのマイク・バーネットを呼びます。彼はまだ高校に通いながらジェシー・マクレイノルズのバンドでも活躍する爆発力のあるフィドラーなんです。
 ノーム・ピケルニーやグレッグ・リストとのダブル・バンジョーもやりました。わたしたちはしばしば、ローカル・ルール(条例)に則るバンジョーの限界を超えてしまいます。彼らはその方向に進んで、自分たちの楽器の語彙を拡張するとともに、ブルーグラスの聴衆を拡大させるという素晴らしい、奇跡的な効果をもたらしているのです。ノームは現在、クリス・シーリと演奏、レコーディングしており、グレッグはブルース・スプリングスティーンのシーガー・セッション・バンドで、最近、CDアルバムとDVD『Live in Dublin』をリリースしています。
 もちろんほかにもたくさん、こうした多くの高度に才能ある若いブルーグラス・ミュージシャンたちは、おそらくわれわれの音楽、その伝統、その将来への最大の捧げ物でしょう。

■ゴス・パンクとスナッフィ・ジェンキンス…
 こうした過去、現在そして未来が交わり、互いに生み出しているところを体現するある出来事の話で終わりにしたいと思います。
 かつて80年代にわたしは、暴力的(violent)でもなく、女性的(femme)でもない、バイオレント・ファムズというパンク・フォーク・バンドのブライアン・リッチーと知り合いました。お互いのアルバムで、彼らが作った殺人と破壊の物語、"The Country Death Song"というネオ・オールドタイム・チューンを一緒にレコーディングしました。
 あるとき彼らが、わたしと友人のバリー・ミッターホフに、ニューヨークシティのアービング・プラザでの演奏に参加して欲しいと頼んできたのです。彼らの観客は主にピアスやモホーク刈りにタトゥーというゴス・パンクたちでした。サウンド・チェックが7時、ファースト・セットは深夜1時ということでした。何時間もあったので、バリーとわたしは劇場を出て新聞で時間つぶしの映画がないか探しました。シルベスター・スタローンの映画を見るかどうか迷っていたとき、別のページでスナッフィ・ジェンキンズ(スクラッグス以前のスリーフィンガー奏者)とパピー・シェリルの写真をみつけたんです。歩道に突っ立って口あんぐりとなったわたしは、彼らがまさにその夜、ロウワー・マンハッタンで演奏していることを発見したんです。
 6台のタクシーを呼び止めたあと、ようやく場所を知っているタクシーをつかまえ、会場に飛び込みました。スナッフィがピックガードのついたプリ・ウォーのフラットヘッド・バンジョーでとてつもなくホットな演奏を聴かせてくれる、素晴らしいショウでした。彼はひさしの垂れた帽子をかぶり、ウォッシュボードも演奏しました。パピーも素晴らしい演奏でした。でも、バイオレント・ファムズとその闘争心を吹き込まれたゴス・パンクの観客たちの世界に戻らないといけない時間になっていました。
 ショウは早朝3時までつづき、そう、われわれの演奏にアクセントをつけるように、彼らはもみ合いながら踊っているピットへ、ステージからのダイヴをパーフェクトに演じてみせていました。その夜が更けるにつれ、わたしはさっき聴いたばかりのスナッフィ・リックのいくつかをダイヴさせていきました。まさに、ふたつの世界の激突です(笑い)。

 この出来事はわれわれの音楽の連続性という視点、そのもののなのです。歴史的なルーツから現在、そして将来へとつづく、わたしにとってのブルーグラスの本質、そしてそこでのわたしの役割を明らかにすることを手助けしてくれるものなのです。
 ですから、わたしがブルーグラスを想うとき、「わたしは決してそれを捨てないし、そして今夜も、家に帰ったように感じる」と言えることが、とても心地良いのです。皆さん、ありがとうございました。


| | Comments (1) | TrackBack (0)

July 29, 2008

シエラ・ハル&ハイウェイ111、今晩からツアー開始です。

シエラ・ハル&ハイウェイ111のツアーが今晩、札幌を皮切りにはじまりました。さーて、各地でどんな反響を巻き起こすんでしょうか…??

来日メンバーについて、しばらく時間を過ごした印象を含めて、少し紹介しておきます。
ちなみに、今日からのツアーに先立って一週間前から来日していた若い彼らがジャムをはじめるとレパートリーの中心はあの伝説のJ.D.クロウとニューサウス、そしてフィドル・チューンの数々…、CDやステージで何をしようが、彼らのテクニックがいかにぶっ飛んだものであっても、若い彼らのど真ん中には、ぼくらと同じブルーグラスが脈々と伝わっていると感じました。では、簡単な紹介です…。

コリー・ウォーカー
18歳にしてハイウェイ111のサウンドをまとめ役もするコントロールの効いたバンジョー奏者で、ドブロの名手です。今回は重いのに両方とも持ってきています。トラッド/ソリッドグラス命と言っていますが、そこは好奇心旺盛な若者、ベラ・フレックもこなしてしまいます。28日に先に帰国した弟のジャロッド(16歳)のほうが早かったですが、ギターもメチャうま。ふだんはホカーンと口をあけた今どきの若者ですが、楽器を持たせると目つきが変わります、さらにバンドのまとめ役になると体形も変わります…!?
クリスチャン・ウォーカー
カリフォルニアの16歳。ステュアート・ダンカンを思わせるすばらしいトラッドグラスと、ユース・コンサートの"Swing 42"で見せたような大人顔負けの余裕のジャズまでこなしてしまう…、いやはや、彼はシエラに負けず劣らずの天才です。ふだんはおとなしく控えめな中学生と言った感じのかわいい、素直な子です。かれも、シエラと同様、とんでもないレベルに行きそうです。
シェーン・ブックウェル
ジョージア出身の31歳。鉄壁のブルーグラス・ドライブと、トニー・ライス以降のバリバリフラットピッキンでバンドを支えることでしょう。なんで知ってるか?って……、28日に成田に迎えに行った帰りのバスの中でギターを弾きだした(ただし、貸切)。小柄でちょっとチャビー、少し話した感じでは、100パーセント人の良い田舎のあんちゃんといったところでしょうか。
ジェイコブ・エラー
あの歴史の街、ブリストル出身の25歳。体中からアパラチアのあんちゃんのオーラが出ています。日本で準備されたアコースティックが弾きづらい場合にそなえてピックアップつきのアップライトを持ってきたけど、演奏はまだ聴いていない。
シエラ・ハル
16歳。交流会のサヨナラパーティーで着た柿色の浴衣がめちゃくちゃ似合う、日本人サイズの小柄で快活な女の子。これがマンドリンを持つと、どーしてあんなになるんでしょう? もう7年くらい見続けているんですが、その旺盛な好奇心は、日本語習得と同様、尋常ではない。ブルーグラス・ユース・コンサートで聞かせてくれたクラシックからジャズまで、そしてギターがまた、メチャ上手い。歌に関しては、CDよりも上手くなったような、つまり、急激な発展途上を目の当たりにすることが出来る。ふだんはピョンピョンと元気なアメリカン・ガールだが、ときおり周囲を厳しい目線で観察、その回転の早い頭で状況を把握している風。ただし、ちやほやされていることに対しての思い上がりなどは微塵も見せず、つまり、スターへの階段を確実に昇りはじめているといった感じ。

ハイウェイ111のツアーに先立って、シエラ・ハルと16人の「ブルーグラス・ユース」仲間達は7月23日に来日。16歳から18歳までの彼ら、フツーの高校生としてホームステイをしながら、文字通り国際交流を実践し、27日に彼らのコンサートが川口市の文化施設、リリアホールで行われました。ピーター・バラカン氏の司会で、スコッチ・アイリッシュのバラッドとフィドルから、アメリカ史を追いながら、ブルーグラスに至るアメリカン・ルーツ・ミュージックの歴史を紹介しました。彼らは28日、ツアーをするシエラ、コリー・ウォーカー、クリスチャン・ウォードの3人を除いて帰国しました。帰国組みの中、コリーの弟ジャロッドは、おそらく高校卒業と同時に大ブレイク間違いなしのスーパーピッカーとして有名になることでしょう。シエラやコリー、クリスチャンも含めて、ブルーグラス・ユースに関するリポートはまたムーンシャイナーにて紹介するつもりです。いやはや、若いって、やっぱりすばらしい…!!

ではみなさん、各地のツアーを、お楽しみに!!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 26, 2008

シエラ・ハル全国ツアー詳細

Sierrahullflyerfinalcolor


■シエラ・ハル&ハイウェイ111全国ツアー
~究極のアメリカン・アコースティック話題の16歳、
「ビッグなスモールタウン・ガール」のジャパン・ツアー~

―――アルバム・デビューの年齢は87年のアリソン・クラウスと同じ16歳。今のアリソンに匹敵する歌い手に成長するか今後の楽しみですが、マンドリン奏者としての才能はすでに驚くほどです。しかも、若者にありがちな派手さはあまりなく、ヴェテランのようなしっかりした演奏なので本当に印象的です。―――ピーター・バラカン

―――ほんのときおり、われわれの注意を惹きつける才能が現われる。今、それがシエラ・ハルのときなんだ。―――サム・ブッシュ

―――シエラは、まぎれもない特別な才能に恵まれた素敵な女の子であり、成功が約束された人です。わたしは、その人柄とともに彼女を敬慕します。―――アリソン・クラウス

【全国ツアー日程】
 8月6日の東京公演は、おかげさまでソールド・アウトとなりました。出来ましたらツアー最終日、8月7日の横浜公演のサポートをお願いします!! なお、それぞれの地方の状況により公演の内容はまちまちですので、以下の各地ボランティアにお問い合わせください。……皆さんのご協力/サポートをよろしくお願いします。

●7月29日(火)札幌、ジッピー・ホール(011-721-3049)。(問)後藤宣人090-7501-1534、waltz_for_nobby@hotmail.com
●7月30日(水)名古屋、TOKUZOU(052-733-3709)、http。(問)ホスコ052-796-1588、shunichi@hosco.co.jp
●7月31日(木)福岡、ディキシー092-553-1320、dixie72@crux.ocn.ne.jp http
●8月1日(金)広島、府中市文化センター中ホール(0847-45-6000)。(問)前田宏樹090-9731-4768、maedolin@hotmail.co.jp http
●8月2日(土)兵庫、宝塚ブルーグラス・フェスティバル。(問)B.O.M.サービス0797-87-0561、info@bomserv.com http
●8月4日(月)京都、都雅都雅075-361-6900、togatoga@ce.wakwak.com http 
発売日6月29日ぴあPコード297-834 ローソンL コード 59241 <都雅都雅>
●8月5日(火)平塚、ホテル・サンライフ・ガーデン(0463-21-7111)。http (問)湘南ブルーグラス090-7632-5602(三瓶、17時以降)、tanzawa@bgma.jp
●8月6日(水)東京・曙橋、バック・イン・タウン03-3353-4655。(問)中西孝仁047-323-2615(20時以降)、http://www.ne.jp/asahi/bunny/gator/index.htm (売り切れです。なにとぞ、横浜をサポートください!!)
●8月7日(木)横浜、サムズアップ045-314-8705、http。(問)オン・ザ・ボーダー03-5275-1950、border@mac.email.ne.jp

総合(問)シエラ・ハル来日事務局(渡辺三郎) 0797-85-8384、fiddleandbanjo@nifty.com
総合案内:http://fiddleandbanjo.way-nifty.com/bg/

 今年5月、ラウンダー/BMGから大きな話題で全米メジャーデビューを果たし、アリソン・クラウス以来の逸材といわれるシエラ・ハルが初来日です。カントリー/フォークのルーツであるアパラチア音楽の伝統を受け継ぐブルーグラス、全米からピックアップされた若きトップ・ミュージシャンたちによるマンドリン、フィドル、バンジョー、ギター、ベースの超美技!と、天才マンドリン少女のさわやかボーカルをご堪能ください。 ……今もっとも旬なブルーグラスを、一人でも多くの音楽ファンや若者に聴いてもらいたい!! ぜひ、周囲の方もお誘いください。きっと驚きますよ!! 
 今回の来日ツアーは、シエラ・ハル側を含めた各地のブルーグラス・サークルのボランティアで実現したもので、黒澤楽器(マーティン・ギター)、トーラス(コリングス・ギター&マンドリン)、B.O.M.サービス、オン・ザ・ボーダー、ホスコ(ゴールドスター・バンジョー、ケンタッキー・マンドリンほか)の各社が協力しています。
 シエラ・ハルについては月刊ブルーグラス・ジャーナル『ムーンシャイナー』6月号と7月号の特集記事をご参照ください。
ムーンシャイナー http://www.bomserv.com/MoonShiner
シエラ・ハル http://www.sierrahull.com

【ハイウェイ111メンバー】
●コリー・ウォーカー、バンジョー
18歳のバンジョー奏者、ヒーローであるJ.D.クロウ・スタイルを基本に、ロン・ブロックやベラ・フレックまで弾きこなしてしまう天才。ドブロもよくする。最新アルバム『New Branches』発売中。http://www.coryandjarrodwalker.com/
●シェーン・ブラックウェル、ギター
父は知る人ぞ知るトラッドグラスの雄、元ビル・モンローのブルー・グラス・ボーイやカウンティ名盤「ディキシー・ブルーグラス・ボーイズ」で知られるカーティス・ブラックウェルというフラットピッカー。
●ジェイコブ・エラー、ベース
バージニアのノー・スピード・リミットというバンドで鍛え上げられた鉄壁のリズム・キーパー・
●クリス・ワード、フィドル
16歳のロサンゼルス出身、若さに似合わぬトラッド・ブルーグラス・フィドラー。父親はウェアリー・ハーツやロスト・ハイウェイで知られるエリック・ユーグラム。昨年発売のアルバム『The Old Road to Jerusalem』はトラッドグラス秀作として高い評価を受けている。http://ericuglum.com/
Sierrahullflyerfinalbw

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 15, 2008

シエラ・ハル「ビッグなスモールタウン・ガール」…ムーンシャイナー誌6月号より

現在、米国ブルーグラス界でもっとも大きな話題の16歳の天才少女、シェラ・ハル(写真)が全米デビュー作『Secrets』を発表した。21世紀の若いテクニックとトラッドグラスへのリスペクトを感じさせ、なお、みずみずしさに溢れた強烈な一撃である。
 しかもこの夏、シェラは埼玉県川口市の国際交流プログラムに来日、その後、7月29日から自身のバンド、若手トップ・ミュージシャンによる標準ブルーグラス編成5人組のハイウェイ111を米国から呼び寄せて日本全国をツアーするという。きっと新旧のブルーグラス・ファンを納得させる、米国ブルーグラス最前線のソリッド・ブルーグラスが堪能できるだろう。
 まずはこの少女、どんな女の子なのか…、さまざまな資料から紹介してみよう。(文責/渡辺三郎)

Sierrahull2007_7_small_3

 1987年、16歳のアリソン・クラウスがラウンダー・レコードからデビューした。そのとき、誰も16歳の少女がのちにグラミー賞女性最多受賞の記録を塗り替えるアーティストになるとは、正直、考えてもいなかった。そして今年5月、同じ16歳のシェラ・ハルが同じラウンダーから全米デビューをした。
 16歳、女の子がもっとも輝く年ごろである。そんなフツーの女子高生という一面を持つ天才少女はアリソンの庇護の下、そのたぐいまれな音楽的な才能とともに、輝かしい将来が期待されている。…が、そんな彼女の生まれ育ったのはダニエル・ブーン国立森林にほど近いアパラチアの西端、われわれが一般にアメリカに対して抱くイメージとはかけ離れた地域だ。

 シェラのホームタウン、テネシー州バーズタウンはノックスビルとナッシュビルの中間、ケンタッキーとの州境にほど近い人口903人の高地にある田舎町だ。平均所帯収入は2万ドル以下、200万円にもならないという地域。まさに、かつては秘境とされたようなアパラチアの一角である。
 そんな、とても貧しいエリアでは、「人々は音楽を楽しむこと、ほとんど毎週のようにどこかでピッキン・パーティーが開かれ、魂を込めて心から歌うことを自然に覚えていくのだ」と、ハル一家の友人である隣町、フェントレス郡の市長が語っている。
 父は家具工場で働き、母は看護婦。2歳上のコディーはすばらしいギタリストだし、母のブレンダもリズムギターを弾くという。コディーは川口総合文化センターでのコンサートには参加するし、ブレンダは保護者として来日の全日程に付き添う。ちなみに、日本人にとって「ハル」と言えば、太平洋戦争開戦のきっかけとなった「ハル・ノート」、米国国務長官のコーデル・ハル(1871-1955)なのだが、そのハル長官はテネシー州バーズタウン出身なのだ。日米開戦というデリケートなトピックなので、シェラとの関係はまだ聞いていない……。(閑話休題)

 すでに2度のカーネギーホール出演をはじめ、グランド・オール・オープリやマールフェス、T.ボーン・バーネットの『グレート・ハイ・マウンテン・ツアー』に抜擢されるなど、さまざまなメジャーステージを経験し、アリソン・クラウスやサム・ブッシュほか、ブルーグラスの大御所たちとの共演も数知れないシェラ、10年後には間違いなくアメリカのブルーグラス界を支えるトップ・アーティストになっているだろう彼女、現在、米国ブルーグラス界でもっとも期待される話題のシェラ・ハル、どんな少女なのだろうか……。

■フツーの女子高生 
 「わたしは今、公立高校2年生なの。学校と音楽、なにもかもがあっという間に一緒くたになっちゃって、もう大変なの。高校卒業までにあと1年、でも、やるしかないわ」。
 アメリカの多くの天才と呼ばれるミュージシャンたちは、子供のときからホームスクールという家庭学習プログラムで勉強をするのが当節の流行のようだが、シェラは小さな町の公立高校を選んでいる。そこでフツーの高校生活を過ごしていることが、あのおしゃまで快活な性格を醸成したのかもしれない。シェラの人をそらさない、大人もたじたじの会話術は天性の頭の回転の速さと同時に、「スモールタウン・ガール」の面目躍如といったところか?
 「高校をやめる気はないわ。でも、GED(学力検定)テストも興味なしよ。やりはじめたことは最後までやり通すつもりなの。学校が大好きだし、高校を卒業するということがわたしにとってとても大切なことなの。でも、学校を休むことも多くなって、追いつくのに大変。早くやり遂げて、音楽だけに集中したいと思うこともあるけれど……」。

■ブルーグラス
 「父さんはずっとブルーグラスも好きだったけれど、いつもはロックを聴いていたの。それがある日、ラリー・スパークスのテープを買いはじめたのよ、ママはとてもショックみたいだったけれどね。ラリー・スパークスってハードコアなトラッドグラスでしょう、父にとってはきっと大きなジャンプだったでしょうね。わたしは兄のコディーと教会で歌ったりはしていたんだけど、わたしが8才のとき、父が自分でマンドリンを買ってきてレッスンを受けはじめたの。それを見て、わたしもブルーグラスに興味を持つようになったの」。
 多くの子供たちが、生まれたときから親たちのバンド活動を通じて自然にブルーグラスに親しんでいくのだが、シェラの場合は違ったようだ。マンドリンを弾きはじめたお父さんが、あっという間にシェラに追い越されていく様子を想像すると、微笑ましくもある。

■ハリウッド女優デビュー
 「この5月に初めて映画を撮るの。ビリー・グレアム(南部バプテスト教会の福音主義伝道師。アメリカの伝道師と呼ばれ、大統領就任式の際の祈祷をたびたび担当する。1918-)の伝記で、ビリーの少年時代の妹役を演じるの。とてもワクワクするわ。この前、ロニー・ボウマンやジョン・コーワン、ロニー・マッカーリーらとジョン・カーター・キャッシュのスタジオでサウンドトラックも録音したところなの。"Just As I Am"という曲で、ビリーのテーマソングのように使われるらしいのよ」。ハリウッド映画『Billy; The Arly Years』は今秋全米公開予定だ。
 すでにカーネギーホールに2度、アリソン・クラウスやサム・ブッシュらの引き立てでグランド・オール・オープリをはじめさまざまな大舞台を経験してきたシェラ、女優としてのキャリアが加わるとは、まさにシンデレラ・ガールといえるだろう。

■マンドリンを弾くシンガー
 「ひとつの音楽だけに心を閉ざすのは良くないと思うわ。ブルーグラスにはそういう人も多いけれど、わたしはジャーニーとかエア・サプライ、デフ・レパードとか、父の好きなZZトップなど、何でも聴くわ。それと同じブレス(呼吸)でラリー・スパークスとかドイル・ローソンを聴くのよ」。
 「教会の行き帰りには車の中で兄と一緒にドイルを聴きながら、あんな風に歌いたいって、よく大声で一緒にハーモニーしていたの。でも、真剣に歌を歌おうとしたことはなかったけれどようやく最近、わたし自身の声を見つけたような気がするの。マンドリンを弾きはじめて8年、ずっとマンドリン弾きだと思っていたのだけれど、ここ2年ほど、歌うことの意味が分かってきて、わたしの音楽で伝えたいことの大きなパートになってきたの。わたしのことを『マンドリンを弾くシンガー』だと思ってもらいたいわ、『歌も歌えるマンドリン弾き』じゃなくってね(笑い)」。

■マンドリン
 「父さんははじめ、わたしにフィドルを勧めたの。そのためにチューニングが同じマンドリンを教えてくれたんだけど、フィドルが大人サイズのもので弾けなくて自然にマンドリンを弾くようになったの。でも、今でも少しはフィドルを弾くんですよ。ギターは大好きで、いつも弾いています。
 マンドリンに関してはアダム・ステッフィとクリス・シーリね。クリスって、『ワァーオ、そんなことマンドリンで出来るんだ』って人々をビックリさせるものね。ほかに、アンディ・レフトウィッチや、サム・ブッシュ、ウェイン・ベンソン、アラン・バイビー、そしてもちろんドイル・ローソンも大好きよ。でもやっぱり、影響というと間違いなくアダムとクリスかな」。
 シェラのマンドリンはもちろん、ギターがすごい。あの華奢な体で軽々とドレッドノートのギターをデリケートにフラットピッキンされた日にゃ、もう敵いません…。最新作『Secrets』の中でも、シェラのオリジナル・インスト"Hullarious"で信じ難いフラットピッキン・ギター・テクニックを聴かせているし、昨年のIBMAショウケースではギターを抱えて実に美しいバラッドも聴かせてくれた。

■クリス・シーリとの出会い
 「10才のとき、はじめてあんな大きなフェス、マールフェスに行ったの。両親がわたしの大好きなアリソン・クラウスが出るからって、はじめての小旅行のようだったの。そこでクリス・シーリをはじめて見て、ステージから降りてくる彼にストラップにサインをせがんだの。サインをもらった後、そこにいた女の子が、何か弾いてって言うから彼女に1曲弾いてあげたの。するとクリスがこっちを向いて、わたしの背丈に合わせて膝を折って、『なんてこったすげぇ、一緒に弾くかい?』って。
 彼はほんとに素敵な人で、そのあと2時間、ずっとジャムしたの。それが最初の出会いだったの。クリスのような人が、ちっさな子供のために自分の時間を割いて、あんなに長い時間一緒に弾いてくれたなんて、ものすごくクールなことよ。そして、もっとクールなのはジャムの後、バックステージに連れて行ってくれてアリソンにあわせてくれたの。夢がかなったの!! わたしの一番大きな思い出よ」。
 そう、アメリカではこうして次々と優秀なミュージシャンが発掘されていく。きっとその日のうちに、「シェラ・ハル」という名前はマールフェスのバックステージの話題となり、それが日を追ってブルーグラスの重要な人たちの耳に入っていき、ブルーグラス界全体の話題となっていく。

■アリソン・クラウス
 「もう、言葉も出なくて、ほとんど泣きそーだったのよ。あらゆる意味で、彼女はわたしのメイン・ヒーローなの。彼女に勝る人はいないわ」。12歳当時のシェラが、初めてアリソンと会った10歳のときの様子を、ボストン・グローブ紙に語っている。ブルーグラスを好きになった少女にとって、アリソン・クラウスは雲の上の女性。誰がなんと言おうと、彼女の存在は大きい。そんなアリソンがシェラを保護し導きつづけているのだという。
 アリソンは、「親子のような関係だっていう人もいるけれど、とんでもない。彼女にはすばらしいブレンダっていう母親がいるし、わたしたちは親友のようなもの。彼女の才能だけがすごいんじゃなくて、人としての積極性や勇気に感心するの…」という。ふたりは、映画『オー・ブラザー』から生まれた『グレート・ハイ・マウンテン・ツアー』のツアーバスの中でよくウィットの効いた替え歌を作ったり、姉妹のように仲が良かったといわれている。
 当時12歳だったシェラに、「とても美しいと思ったわ。何千人もの観衆に対してまったく物怖じせず、堂々と自信を見せ、ジョークで笑わせるなんてとても美しいことなの」とアリソンは語っている。
 「アリソンがステージにいるときは大スターなんだけど、彼女の心の中はいつも普通のアリソンなの」、とシェラはアリソンがユニオン・ステーションのメンバーをサイドメンとしてではなく、対等に処遇する様子を見て感心したとも述べている。つまり、アリソン・クラウスとユニオン・ステーションはバンドで仕事をするとき、メンバー全員が、アリソンを含めてギャラを均等割りにする。
 シェラはそのとき、間違いなく、ブルーグラスの本来あるべき姿を学んだだろう。将来、きっと大スターになったとしても、シェラはアリソンを見て学んだブルーグラスの本当の意味を忘れないだろう。ブルーグラスはメンバー全員が気持ちを合わせて創るアンサンブル音楽なのだということを。

■ブルーグラスを愛する人々
 「これまでに出会ったブルーグラスとそれを愛する人々は、音楽を学び演奏するというすばらしい環境を創ってくれています。この夏、日本に行けることになったのも、そうしたすばらしいブルーグラスの人々の力添えによるもので、とても楽しみにしています。わたしもこのすばらしい音楽の一部であることに幸せを感じます」。
 シェラの最新アルバム『Secrets』には、その瑞々しい16歳の感性と、還暦を迎えたブルーグラス・スタイルへの憧憬と愛情が見事に織り込まれたさわやかなアルバムとなっている。

 シェラがはじめてサム・ブッシュにあったとき、わたしは偶然、ルイビルのガルトハウス・ホテルの同室にいた。そのとき、たしかに震えるほど緊張していたと言うが、サムを相手に一歩も引かないジョークの応酬に驚いた。10歳そこそこの小さな女の子が、われらがサムを相手に彼を、そして周りを爆笑させ、ジャムでも堂々と渡り合っていた。その強心臓は、写真で見る可愛い女の子というイメージとは程遠い、芯の強さを感じたものだ。
 その後、IBMA教育プログラムの学校向けブルーグラス紹介DVD作品『Discover Bluegrass; Exploring American Roots Music』でライアン・ホラデイとともにホストを務めたり、前述のように、あらゆる大きなチャンスを与えられてきたシェラ・ハル。まちがいなく、21世紀のブルーグラスを背負っていく宿命が与えられたシンデレラガールである。
 ストレート・ブルーグラスの基本をしっかりと守りながら、圧倒的なテクニックと、女性らしいしなやかな作品に仕上げられた全米デビュー作『Secrets』は、ユニオン・ステーションのほか、トニー・ライスやステュアート・ダンカンらが参加したすばらしいブルーグラス・アルバムになっている。つぎに、アルバムの公式プレス・リリースを紹介しよう。
 以下、割愛。

「月刊ブルーグラス・ジャーナル、ムーンシャイナー」は今年、創刊25年目を迎えています。
なお7月号には、ハイウェイ111のメンバーや、川口市へやってくるメンバーらの紹介があります。
定期購読は1年間(12冊)\6,000- 半年間(6冊)\3,300-。単冊\525-。
ご注文は、info@bomserv.com
http://www.bomserv.com/MoonShiner

Sierrahull2007_6_small_3

 シェラ・ハルの全米デビュー作『Secrets』に寄せられたメッセージです。

 シェラは、まぎれもない特別な才能に恵まれた素敵な女の子であり、成功が約束された人です。わたしは、人間としても彼女を敬慕します。
―――アリソン・クラウス

 シェラ・ハルは間違いなくわたしのお気に入りのマンドリン・プレイヤーだ!ソロを組み立て、あらゆるシチュエーションに対応していく彼女のアプローチは、ボーカル・ナンバーであれインストゥルメンタル・ナンバーであれ、年齢を遥かに超越したもので、いつもただただ驚かされてばかりだ。熱心にいい音楽を演奏し、創り出そうとしているフレッシュな若いプレイヤーを聴くのは、いつであっても素晴らしいことで、シェラ・ハルはいつまでもわれわれみんなが聴き入り、見習おうとトライするであろうプレイヤー、シンガーになることをわたしは確信している。もし君がマンドリン・プレイヤーで、まだシェラ・ハルを聴いたことがないなら、すごい楽しみが待っているよ。そう、マンドリンをもって、思いつく限りのリックをかきだす用意をするんだ。わたしはそうするよ!彼女は真のインスピレーション、それにすごくいい人なんだ!!!彼女のことを友人といえることが嬉しいし、君はこのレコーディングが好きになるだろう。
―――アダム・ステフィ

 アルバム『Secrets』でシェラ・ハルはバンドを権威を持ってリードしている。彼女のボーカルはメロディに的を絞りながら、苦もなく的確にポイントをついている。マンドリン・プレイはスムーズで、正確で、そしてまぎれもなくつかみどころのないものだ。彼女の緻密で機敏な演奏は驚くべきもので、音楽的に成長していくだろうそのポテンシャルは物凄い。シェラが次にどんなことをやってくれるのか、とても待ち遠しい。しばしば、優れた才能がやってきて、われわれはじっと座って注目することになる。そのときがいま、シェラ・ハルなのだ。このCDは素晴らしい!!!HULLACIOUS!!!
―――サム・ブッシュ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

シェラ・ハル&ハイウェイ 111 来日のお願い

今回、7月29日から8月7日にかけて予定中のシェラ・ハル&ハイウェイ111 の来日には、フルメンバーが揃い、しかも現在米国で、もっとも期待される話題の天才少女といわれる女の子、これを逃すと、チャンスはなかなか来ないと思います。特に若い人たちにも見てもらいたく、何が何でも成功させたいと思っています。全国のブルーグラス・サポーターの皆さん、なにとぞ、よろしく力をお貸しください。

ハイウェイ111来日ツアーの前、7月23日から埼玉県川口市の川口総合文化センターが主宰する「国際交流フェスティバル」が、同センターやIBMAなど、さまざまな人たちの善意で実現しました。アメリカの高校生15人が来日(その中に、ハイウェイ111の10代のメンバー3人が含まれている)、シェラはそのまとめ役です。彼らは1週間、川口市の普通の家庭にホームステイして、日本文化に触れます。その後、26日に国本武春とのコンサートや、27日に彼ら自身のコンサートを川口総合文化センターで開きます。
その後、28日に米国より、ハイウェイ111のメンバーふたりを呼び寄せ、米国でツアーしている全員が揃って10日間、全国をツアーするという予定です。
多くの人たちの善意でやってきたチャンス、未来のブルーグラスに接するまたとないチャンスです。是非、皆さんの協力で成功させたいと思います!! 米国のバイオグラフと、それを訳したものと、インタビューから構成したムーンシャイナー6月号用原稿(ラフですが)をご希望の方にお送りします。ご希望の方はお申し出ください。

シェラ・ハル以外の来日メンバーは、
●コリー・ウォーカー、19歳のストレートなパワーバンジョーの天才少年です。http://www.coryandjarrodwalker.com/
●シェーン・ブラックウェル、30代のフラットピッカーで、父はトラッドグラスで知る人ぞ知る70年代初期にカウンティから名盤を残しているカーティス・ブラックウェル。
●ジェイコブ・イラー、ベース
●クリス・ワード、16歳のロサンゼルス出身のフィドラー。父親はウェアリー・ハーツやロスト・ハイウェイで知られるエリック・ユーグラム。http://ericuglum.com/
以上が予定されています。

シェラ・ハルの公式ホームページ
http://www.sierrahull.com
また、以下で5月発売の最新アルバムから3曲が聞けます。
http://www.myspace.com/sierrahullmusic


| | Comments (0) | TrackBack (0)