現在、米国ブルーグラス界でもっとも大きな話題の16歳の天才少女、シェラ・ハル(写真)が全米デビュー作『Secrets』を発表した。21世紀の若いテクニックとトラッドグラスへのリスペクトを感じさせ、なお、みずみずしさに溢れた強烈な一撃である。
しかもこの夏、シェラは埼玉県川口市の国際交流プログラムに来日、その後、7月29日から自身のバンド、若手トップ・ミュージシャンによる標準ブルーグラス編成5人組のハイウェイ111を米国から呼び寄せて日本全国をツアーするという。きっと新旧のブルーグラス・ファンを納得させる、米国ブルーグラス最前線のソリッド・ブルーグラスが堪能できるだろう。
まずはこの少女、どんな女の子なのか…、さまざまな資料から紹介してみよう。(文責/渡辺三郎)

1987年、16歳のアリソン・クラウスがラウンダー・レコードからデビューした。そのとき、誰も16歳の少女がのちにグラミー賞女性最多受賞の記録を塗り替えるアーティストになるとは、正直、考えてもいなかった。そして今年5月、同じ16歳のシェラ・ハルが同じラウンダーから全米デビューをした。
16歳、女の子がもっとも輝く年ごろである。そんなフツーの女子高生という一面を持つ天才少女はアリソンの庇護の下、そのたぐいまれな音楽的な才能とともに、輝かしい将来が期待されている。…が、そんな彼女の生まれ育ったのはダニエル・ブーン国立森林にほど近いアパラチアの西端、われわれが一般にアメリカに対して抱くイメージとはかけ離れた地域だ。
シェラのホームタウン、テネシー州バーズタウンはノックスビルとナッシュビルの中間、ケンタッキーとの州境にほど近い人口903人の高地にある田舎町だ。平均所帯収入は2万ドル以下、200万円にもならないという地域。まさに、かつては秘境とされたようなアパラチアの一角である。
そんな、とても貧しいエリアでは、「人々は音楽を楽しむこと、ほとんど毎週のようにどこかでピッキン・パーティーが開かれ、魂を込めて心から歌うことを自然に覚えていくのだ」と、ハル一家の友人である隣町、フェントレス郡の市長が語っている。
父は家具工場で働き、母は看護婦。2歳上のコディーはすばらしいギタリストだし、母のブレンダもリズムギターを弾くという。コディーは川口総合文化センターでのコンサートには参加するし、ブレンダは保護者として来日の全日程に付き添う。ちなみに、日本人にとって「ハル」と言えば、太平洋戦争開戦のきっかけとなった「ハル・ノート」、米国国務長官のコーデル・ハル(1871-1955)なのだが、そのハル長官はテネシー州バーズタウン出身なのだ。日米開戦というデリケートなトピックなので、シェラとの関係はまだ聞いていない……。(閑話休題)
すでに2度のカーネギーホール出演をはじめ、グランド・オール・オープリやマールフェス、T.ボーン・バーネットの『グレート・ハイ・マウンテン・ツアー』に抜擢されるなど、さまざまなメジャーステージを経験し、アリソン・クラウスやサム・ブッシュほか、ブルーグラスの大御所たちとの共演も数知れないシェラ、10年後には間違いなくアメリカのブルーグラス界を支えるトップ・アーティストになっているだろう彼女、現在、米国ブルーグラス界でもっとも期待される話題のシェラ・ハル、どんな少女なのだろうか……。
■フツーの女子高生
「わたしは今、公立高校2年生なの。学校と音楽、なにもかもがあっという間に一緒くたになっちゃって、もう大変なの。高校卒業までにあと1年、でも、やるしかないわ」。
アメリカの多くの天才と呼ばれるミュージシャンたちは、子供のときからホームスクールという家庭学習プログラムで勉強をするのが当節の流行のようだが、シェラは小さな町の公立高校を選んでいる。そこでフツーの高校生活を過ごしていることが、あのおしゃまで快活な性格を醸成したのかもしれない。シェラの人をそらさない、大人もたじたじの会話術は天性の頭の回転の速さと同時に、「スモールタウン・ガール」の面目躍如といったところか?
「高校をやめる気はないわ。でも、GED(学力検定)テストも興味なしよ。やりはじめたことは最後までやり通すつもりなの。学校が大好きだし、高校を卒業するということがわたしにとってとても大切なことなの。でも、学校を休むことも多くなって、追いつくのに大変。早くやり遂げて、音楽だけに集中したいと思うこともあるけれど……」。
■ブルーグラス
「父さんはずっとブルーグラスも好きだったけれど、いつもはロックを聴いていたの。それがある日、ラリー・スパークスのテープを買いはじめたのよ、ママはとてもショックみたいだったけれどね。ラリー・スパークスってハードコアなトラッドグラスでしょう、父にとってはきっと大きなジャンプだったでしょうね。わたしは兄のコディーと教会で歌ったりはしていたんだけど、わたしが8才のとき、父が自分でマンドリンを買ってきてレッスンを受けはじめたの。それを見て、わたしもブルーグラスに興味を持つようになったの」。
多くの子供たちが、生まれたときから親たちのバンド活動を通じて自然にブルーグラスに親しんでいくのだが、シェラの場合は違ったようだ。マンドリンを弾きはじめたお父さんが、あっという間にシェラに追い越されていく様子を想像すると、微笑ましくもある。
■ハリウッド女優デビュー
「この5月に初めて映画を撮るの。ビリー・グレアム(南部バプテスト教会の福音主義伝道師。アメリカの伝道師と呼ばれ、大統領就任式の際の祈祷をたびたび担当する。1918-)の伝記で、ビリーの少年時代の妹役を演じるの。とてもワクワクするわ。この前、ロニー・ボウマンやジョン・コーワン、ロニー・マッカーリーらとジョン・カーター・キャッシュのスタジオでサウンドトラックも録音したところなの。"Just As I Am"という曲で、ビリーのテーマソングのように使われるらしいのよ」。ハリウッド映画『Billy; The Arly Years』は今秋全米公開予定だ。
すでにカーネギーホールに2度、アリソン・クラウスやサム・ブッシュらの引き立てでグランド・オール・オープリをはじめさまざまな大舞台を経験してきたシェラ、女優としてのキャリアが加わるとは、まさにシンデレラ・ガールといえるだろう。
■マンドリンを弾くシンガー
「ひとつの音楽だけに心を閉ざすのは良くないと思うわ。ブルーグラスにはそういう人も多いけれど、わたしはジャーニーとかエア・サプライ、デフ・レパードとか、父の好きなZZトップなど、何でも聴くわ。それと同じブレス(呼吸)でラリー・スパークスとかドイル・ローソンを聴くのよ」。
「教会の行き帰りには車の中で兄と一緒にドイルを聴きながら、あんな風に歌いたいって、よく大声で一緒にハーモニーしていたの。でも、真剣に歌を歌おうとしたことはなかったけれどようやく最近、わたし自身の声を見つけたような気がするの。マンドリンを弾きはじめて8年、ずっとマンドリン弾きだと思っていたのだけれど、ここ2年ほど、歌うことの意味が分かってきて、わたしの音楽で伝えたいことの大きなパートになってきたの。わたしのことを『マンドリンを弾くシンガー』だと思ってもらいたいわ、『歌も歌えるマンドリン弾き』じゃなくってね(笑い)」。
■マンドリン
「父さんははじめ、わたしにフィドルを勧めたの。そのためにチューニングが同じマンドリンを教えてくれたんだけど、フィドルが大人サイズのもので弾けなくて自然にマンドリンを弾くようになったの。でも、今でも少しはフィドルを弾くんですよ。ギターは大好きで、いつも弾いています。
マンドリンに関してはアダム・ステッフィとクリス・シーリね。クリスって、『ワァーオ、そんなことマンドリンで出来るんだ』って人々をビックリさせるものね。ほかに、アンディ・レフトウィッチや、サム・ブッシュ、ウェイン・ベンソン、アラン・バイビー、そしてもちろんドイル・ローソンも大好きよ。でもやっぱり、影響というと間違いなくアダムとクリスかな」。
シェラのマンドリンはもちろん、ギターがすごい。あの華奢な体で軽々とドレッドノートのギターをデリケートにフラットピッキンされた日にゃ、もう敵いません…。最新作『Secrets』の中でも、シェラのオリジナル・インスト"Hullarious"で信じ難いフラットピッキン・ギター・テクニックを聴かせているし、昨年のIBMAショウケースではギターを抱えて実に美しいバラッドも聴かせてくれた。
■クリス・シーリとの出会い
「10才のとき、はじめてあんな大きなフェス、マールフェスに行ったの。両親がわたしの大好きなアリソン・クラウスが出るからって、はじめての小旅行のようだったの。そこでクリス・シーリをはじめて見て、ステージから降りてくる彼にストラップにサインをせがんだの。サインをもらった後、そこにいた女の子が、何か弾いてって言うから彼女に1曲弾いてあげたの。するとクリスがこっちを向いて、わたしの背丈に合わせて膝を折って、『なんてこったすげぇ、一緒に弾くかい?』って。
彼はほんとに素敵な人で、そのあと2時間、ずっとジャムしたの。それが最初の出会いだったの。クリスのような人が、ちっさな子供のために自分の時間を割いて、あんなに長い時間一緒に弾いてくれたなんて、ものすごくクールなことよ。そして、もっとクールなのはジャムの後、バックステージに連れて行ってくれてアリソンにあわせてくれたの。夢がかなったの!! わたしの一番大きな思い出よ」。
そう、アメリカではこうして次々と優秀なミュージシャンが発掘されていく。きっとその日のうちに、「シェラ・ハル」という名前はマールフェスのバックステージの話題となり、それが日を追ってブルーグラスの重要な人たちの耳に入っていき、ブルーグラス界全体の話題となっていく。
■アリソン・クラウス
「もう、言葉も出なくて、ほとんど泣きそーだったのよ。あらゆる意味で、彼女はわたしのメイン・ヒーローなの。彼女に勝る人はいないわ」。12歳当時のシェラが、初めてアリソンと会った10歳のときの様子を、ボストン・グローブ紙に語っている。ブルーグラスを好きになった少女にとって、アリソン・クラウスは雲の上の女性。誰がなんと言おうと、彼女の存在は大きい。そんなアリソンがシェラを保護し導きつづけているのだという。
アリソンは、「親子のような関係だっていう人もいるけれど、とんでもない。彼女にはすばらしいブレンダっていう母親がいるし、わたしたちは親友のようなもの。彼女の才能だけがすごいんじゃなくて、人としての積極性や勇気に感心するの…」という。ふたりは、映画『オー・ブラザー』から生まれた『グレート・ハイ・マウンテン・ツアー』のツアーバスの中でよくウィットの効いた替え歌を作ったり、姉妹のように仲が良かったといわれている。
当時12歳だったシェラに、「とても美しいと思ったわ。何千人もの観衆に対してまったく物怖じせず、堂々と自信を見せ、ジョークで笑わせるなんてとても美しいことなの」とアリソンは語っている。
「アリソンがステージにいるときは大スターなんだけど、彼女の心の中はいつも普通のアリソンなの」、とシェラはアリソンがユニオン・ステーションのメンバーをサイドメンとしてではなく、対等に処遇する様子を見て感心したとも述べている。つまり、アリソン・クラウスとユニオン・ステーションはバンドで仕事をするとき、メンバー全員が、アリソンを含めてギャラを均等割りにする。
シェラはそのとき、間違いなく、ブルーグラスの本来あるべき姿を学んだだろう。将来、きっと大スターになったとしても、シェラはアリソンを見て学んだブルーグラスの本当の意味を忘れないだろう。ブルーグラスはメンバー全員が気持ちを合わせて創るアンサンブル音楽なのだということを。
■ブルーグラスを愛する人々
「これまでに出会ったブルーグラスとそれを愛する人々は、音楽を学び演奏するというすばらしい環境を創ってくれています。この夏、日本に行けることになったのも、そうしたすばらしいブルーグラスの人々の力添えによるもので、とても楽しみにしています。わたしもこのすばらしい音楽の一部であることに幸せを感じます」。
シェラの最新アルバム『Secrets』には、その瑞々しい16歳の感性と、還暦を迎えたブルーグラス・スタイルへの憧憬と愛情が見事に織り込まれたさわやかなアルバムとなっている。
シェラがはじめてサム・ブッシュにあったとき、わたしは偶然、ルイビルのガルトハウス・ホテルの同室にいた。そのとき、たしかに震えるほど緊張していたと言うが、サムを相手に一歩も引かないジョークの応酬に驚いた。10歳そこそこの小さな女の子が、われらがサムを相手に彼を、そして周りを爆笑させ、ジャムでも堂々と渡り合っていた。その強心臓は、写真で見る可愛い女の子というイメージとは程遠い、芯の強さを感じたものだ。
その後、IBMA教育プログラムの学校向けブルーグラス紹介DVD作品『Discover Bluegrass; Exploring American Roots Music』でライアン・ホラデイとともにホストを務めたり、前述のように、あらゆる大きなチャンスを与えられてきたシェラ・ハル。まちがいなく、21世紀のブルーグラスを背負っていく宿命が与えられたシンデレラガールである。
ストレート・ブルーグラスの基本をしっかりと守りながら、圧倒的なテクニックと、女性らしいしなやかな作品に仕上げられた全米デビュー作『Secrets』は、ユニオン・ステーションのほか、トニー・ライスやステュアート・ダンカンらが参加したすばらしいブルーグラス・アルバムになっている。つぎに、アルバムの公式プレス・リリースを紹介しよう。
以下、割愛。
「月刊ブルーグラス・ジャーナル、ムーンシャイナー」は今年、創刊25年目を迎えています。
なお7月号には、ハイウェイ111のメンバーや、川口市へやってくるメンバーらの紹介があります。
定期購読は1年間(12冊)\6,000- 半年間(6冊)\3,300-。単冊\525-。
ご注文は、info@bomserv.com
http://www.bomserv.com/MoonShiner

シェラ・ハルの全米デビュー作『Secrets』に寄せられたメッセージです。
シェラは、まぎれもない特別な才能に恵まれた素敵な女の子であり、成功が約束された人です。わたしは、人間としても彼女を敬慕します。
―――アリソン・クラウス
シェラ・ハルは間違いなくわたしのお気に入りのマンドリン・プレイヤーだ!ソロを組み立て、あらゆるシチュエーションに対応していく彼女のアプローチは、ボーカル・ナンバーであれインストゥルメンタル・ナンバーであれ、年齢を遥かに超越したもので、いつもただただ驚かされてばかりだ。熱心にいい音楽を演奏し、創り出そうとしているフレッシュな若いプレイヤーを聴くのは、いつであっても素晴らしいことで、シェラ・ハルはいつまでもわれわれみんなが聴き入り、見習おうとトライするであろうプレイヤー、シンガーになることをわたしは確信している。もし君がマンドリン・プレイヤーで、まだシェラ・ハルを聴いたことがないなら、すごい楽しみが待っているよ。そう、マンドリンをもって、思いつく限りのリックをかきだす用意をするんだ。わたしはそうするよ!彼女は真のインスピレーション、それにすごくいい人なんだ!!!彼女のことを友人といえることが嬉しいし、君はこのレコーディングが好きになるだろう。
―――アダム・ステフィ
アルバム『Secrets』でシェラ・ハルはバンドを権威を持ってリードしている。彼女のボーカルはメロディに的を絞りながら、苦もなく的確にポイントをついている。マンドリン・プレイはスムーズで、正確で、そしてまぎれもなくつかみどころのないものだ。彼女の緻密で機敏な演奏は驚くべきもので、音楽的に成長していくだろうそのポテンシャルは物凄い。シェラが次にどんなことをやってくれるのか、とても待ち遠しい。しばしば、優れた才能がやってきて、われわれはじっと座って注目することになる。そのときがいま、シェラ・ハルなのだ。このCDは素晴らしい!!!HULLACIOUS!!!
―――サム・ブッシュ